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last updated 1997/09/10

第118話(全130話)

オアシス(1/4)




4 オアシス

 ルーワンが導いた場所は、砂漠だった。
 大きな目が夜空から見下ろすそこは、一面の白い世界だ。なだらかななお碗のような砂丘が
連なり、谷間には幾重もの弧を描いた風紋が美しいタペストリーを織り上げている。ひとつの
大きな目に見下ろされた夜の砂漠は、とても静かで、とても乾いていた。アーバムの山を降り
て以来、海の上だったり暴風雨だったり、塩気を多量に含んだ湿っぽい大気の中だったり、あ
るいは船だったり、島だったりしていたせいで、どこまでも乾いた風が、マリイアにもフィン
フィンにも心地好かった。マスターの体だと、そういう風の表情の変化はデータで分析してわ
かるだけで、体感は出来ない。だからピートは心から和んだ顔で風を頬に受けるマリイアを、
羨ましく眺めるだけだった。
「あそこだよ。ほら、左から二番目の砂丘の向こうに青い光が見えるだろう?」
 彼が指さしたほうに目をやると、本当に何か青いものがキラキラしている。近づくと、それ
は水をたたえた泉の表面が、星明かりを照り返して揺れているのだとわかった。
「オアシス?」
 マリイアが訊くと、ルーワンは嬉しそうにうなずいた。
「ぼくだけの秘密の場所だよ。いや、いまはもうぼくときみだけの、だね」
 ケンプは疲れきった様子でオアシスへと着地する。彼の「力」で空を舞い続けていたマリカ
とルーワン、そしてワーターもさながらパウダー・スノーのように舞い上がる砂の中へと滑り
込むようにして着地する。胴体着陸だ。ズアァァァッと砂の上を滑って、全身砂まみれになり
ながら、けれどマリカは笑っていた。砂にまるで水気がないおかげで、顔や髪にかかった砂も
手でさっと払えば、それだけでサラサラと地面に帰って行った。フィンフィンが着地して背中
のマスターを砂の上に降ろす。
 一同はオアシスの五○メートルほど手前に降り立った。ケンプは直接オアシスに降り立つの
は遠慮したらしい。何故ならオアシスの周りには大小さまざまな生き物たちが集まっていたか
ら。だからそんな生き物たちの真ん中に空からいきなり舞い降りたら、余計な騒ぎを起こして
しまう。ケンプはそれを考慮したらしい。
「動物たちがたくさん集まってるわ」
 言うマリカに、ルーワンはポンと手を打った。
「そうか。今日は月祭りの日だね。ビッガイの再来を祝う日だ」
「ええ。カイラ国ではいつもこの日になると、国中がお祭り騒ぎで祝うのよ。王家も庶民も区
別なく、広場に置かれたエルモのワインをガブ飲みして、この日のために作られた山ほどの御
馳走を手掴みでたいらげるの」
「ぼくの国でも同じだよ。ビッガイの日だけは、身分も階級も敵も味方もなくなるんだ。夜空
に君臨する巨大な目に見下ろされて、誰もが本当の意味での平等を喜ぶんだ。ビッガイの前で
は、ぼくらはテオの住人だという共通点だけがあり、ほかのどんな区別もなくなる」
 言いながらルーワンは、マリカの手を取って砂丘を登って行く。慣れない砂にマリカが足を
とられて転びそうになると、ルーワンの逞しい腕が彼女を支えて抱き起こした。
 そんなふたりの様子を、ピートはよせばいいのにみつめてしまう。本当に「よせばいいのに
」と自分でそう思う。みつめたって、マリカが振り向いてくれるわけじゃない。ルーワンがマ
リカの手から自分の手を放すわけじゃない。それはわかってるのに。みつめたって仕方がない
のに。でもみつめてしまう。マリカから目を放せない。ぼくと良く似た、ぼくではない少年と
みつめ合うマリカから、ぼくは目を放せない。
「ねえ、マスター」
 砂の中に埋まっていたらしいパピロがいきなりピートの目の前に飛び出してきた。そして、
チンチクリンのロボットを見上げて言う。いつになく真剣な目で。
「おいらからマリカに言ってあげようか?」
「何を?」
「決まってるじゃない。イカれたロボットがマリカのこと好きみたいだよってさ」
 ドキッとなる。フィンフィンならまだしも、そんなことをパピロにまで言われるなんて。
「何を言ってんだよ、パピロ」
 ピートはとぼけてみせた。
 けれどパピロは真剣な目のまま、決して冗談で言ってるわけじゃなさそうだ。
「マスターの態度見てればわかるよ。マリカのこと好きなんでしょ? すごいよね。機械のく
せに人間のお姫さまに恋するなんてさ」
「恋なんか」
「してるよ。いいじゃないの、別に照れなくたって。照れるロボットっていうのはきっとやっ
ぱりイカれてるんだと思うけど、それでもおいらマスターのこと見直したよ」
「見直した?」
「恋をするってことは心があるってことだもん。機械なのに心を持ってるなんて、マスター、
すごいよ。おいらそう思う。あの泉の周りに集まってる連中よりマスターのほうがずっと素敵
だよ」
「え?」
 パピロの視線を追って、ピートはオアシスの周りに集っている生き物たちを見た。それぞれ
口々に遠吠えをはじめている。真ん丸目玉のような月に向かって、歌を唄っているかのようだ
。それは美しい一枚の絵のような光景だった。一年に一度の月食を、テオの生き物すべてが祝
っている。すべての生き物が宇宙の運動と心をつなげているかのようで、何だかとても神秘的
な光景のようにピートには思えた。

(つづく)




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